定時がきた。
あああああやっと解放される。
いつもは仕事にも意欲的でなんでも効率的にこなせるほうだし、自分でいうのもあれだけどみんなから好かれていて、頼られる。一緒にいると前向きになれる、誰とでも仲良くなれるよね。なんていわれるし、自分でもそうかも。と思っていた。
けど、それにちょっと違和感を感じながら生きてきた十数年。
これまでは仕事に全力(月400時間勤務!)を注げる体力気力があったし、最近は時間はそこまで長くなくとも、おそらく人の仕事量の1.7倍はこなす処理力があるらしく、やってるとき時は自覚していないんだけど、休みの日は本当にくたくた。
私って本当に社交的なんだろうか?仕事がすきなんだろうか?と、帰ってきてぐったりしながら考える。
そしてやっとのお休み、待ちに待ったひとりじかん。
わーい!たくさんやりたいことがあるんだ!!と
意気込んでおきながら寝込んでしまうことが多い。かなしい。
疲れてはいるけど、頭の中はやりたいこと、気になっていること、調べたいことが山ほどあって、この頭の中にあることが全部実現できたらどれだけ快適で充実した幸せな人生が送れるだろう。と、しばしば考えることがある。だからここを踏ん張って努力しなきゃ、勉強しなきゃ、知識をいれなきゃってずっと思っていた。でもできない自分もいて、ああダメ人間だ。と落ち込むこともよくあった。
そうそう私は
「あたまの中を整理したい。だから誰にも邪魔さずに一人で集中できる時間がほしい」と
ずっとそう思っている。
でもいざ何かを書き出そうとしてペンを持っても思考のカケラしか出てこない。
普段からいろいろなことを考えすぎていて、こじれが発生し、紙とペンでは到底おいつかない。
そして疲れ果てていて思考がおいつかない。フリーズする。
となると、
ああ私、頭悪いんだったわw
と自信をなくしていく・・・
そんな事態に陥っていると思う。
そしてアウトプットできないままだと、これもまた溜まりゆくばかり・・・。
そんな悪循環を送っていて、最近気づいたのは
私には「ひとり時間を充実させるための前準備」が必要だったということ。
・休前日こそ家事をすませておく
・お風呂に入ってさっぱりしておく
・歯磨きをして口のなかをさっぱりしておく
・身体が冷えないようにあったかくしておく
・しなければならないこと(期限付きの提出物)はさっさと済ませておく
・そして、インプットを意図的にやめて、脳みそに休息を与える
・休前日こそ早く寝る。
などなど
几帳面でも潔癖でもないけれど、ふわっと整えておいてあげないと、私はひとり時間を心から楽しめない。
なぜなら色々が気になってしまって、自分の心にフォーカスを向けることができないからだ。
私にとっての最高のひとり時間は「頭の中を整理して、心ゆくままアウトプットすること」。
そのため(充実したひとり時間を過ごす)に必要なことは、心にフォーカスを向ける準備をすることだって気づいた。
たまに間違えてしまうことがあって、明日休みだから遅くまでおきてられる!とか、本を読みすぎたり、動画を見すぎたり、ネット検索をしすぎたり・・・。
自分に必要な情報が欲しくて触れていくのだけど、感度の高さゆえ、そのひとつひとつから得られる情報が多すぎてまた整理不可になる。
だから何もみない、何も取り入れない。見ていいのは自分の心の動きだけと決めて行動することも大事。
そうやって過ごした休日はめちゃめちゃリフレッシュできる。
アウトプットしきった日は本当に気持ちがいい。
そして自分だけのノートに書いたとしてもそれは私にとってアウトプットとはいえない。
「誰かに見てもらえる可能性のある場所」にアウトプットする。
いいねが欲しいのとはちょっと違うし、マイノリティだから自慢したいっていうのも違う。
ジョハリの窓でいう自分が知ってて相手が知らない窓をあけていく。
「自己開示」
をしていくことで、自分の安心できる場を作っていきたいし、もし同じように悩んでいる人がいたら
「似たようなやつがいる笑」と思ってもらいたい。
こんな私の発信を見て「よかった」と言ってくれる人がひとりでもいるのなら、
ありのままの私が役にたったということになるので、生きてる意味あるなって感じられる。
こんなの、家族にも友達にも会社の人にも話したことないからね。
ひとり時間をつかって自分と向き合って広い世界に発信して、どこかに共感してくれる人がいたらいいな。
そんなことを考えて書きまくるのはめちゃめちゃ楽しいなって思うよ。
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