私は器用貧乏だ。
ある程度のことは、感覚である程度のところまでできる。
でも何かを極めたことがあるかというとなくて、
どれも中途半端。
だから何かの「プロ」みたいな人とか、
突き抜けた人とかは自分にとって雲の上の存在で
すごくあこがれる。
でも何かのブロックで私はそこにいけないんじゃないかって
尻込みしてしまうのです。
でもその状況を少し打破できそうな経験をした。
ちょうど一年半前。
仕事を休職したときに、
リハビリがてら「手芸」をした。
家庭科とか苦手だったんだけど、
黙々とやれるのがいいなと思ってはじめた手芸。
刺し子やミシンで小物づくりに挑戦!
自分は苦手だと思っていたんだけど、
目的はなく1日1個何かをつくるというのだけを
こつこつと続けてみた。
はじめはまっすぐしか縫わない手提げ袋。
ブックカバー、ペンケース、水筒カバー、がま口ケースなどなど
少しづつレベルを上げていって、
「楽しい」と思える範囲で、1日1個。
それを半年続けていった結果、
ちょっとしたスキルが少しずつ溜まっていったみたいで、
最終的にはリュックサックや甚平がつくれるようになった。
「え、私これ作れるんだ」
っていうのがそのときの感想 笑
きっとはじめから「リュックサック」に挑戦していたら、
レシピの記号がわからなすぎて
挫折していたでしょう 笑
できることからこつこつと。
どこかでやめていても、
どこかで得られていたはずのスキル(チャンス)が身につかず
「リュックサック」にたどり着くことはできなかったでしょう。
とはいえ、手芸の腕が極まったわけでは全然ないのだけれど、
たぶん「リュックサックをつくる」っていうのを目標にしてしまっていたら、
リュックサックをつくるための技術だけを学ぼうとしかしなくて
いろんなものをつくることを無駄だと感じて
辞めてしまっていたかもしれない。
「何かを極める」というのは結果的に行き着いた先であって、目標ではない。
目標がこつこつと積み上がることによって、「何かが極まる」のかもしれない。
「資格をとる」ということも、目標のひとつであって、
「その仕事を極まった」ということにはならない。
だから、資格をとる!ことはとても素晴らしいこととはいえ、
それを目的にしては、何も極まらない。
私みたいに「何を極めたいのか分からない人」は
とりあえず、やってみたいと思ったことを続けてみればいい。
「やってみたいと思ったこと」が続かなくても
「何か」をすることを続けてみればいい。
そうしたらいつか何かが極まってきて、それが強みになって、
いつのまにか「リュックサック」が作れるようになり、それが自信になり、
「自分のやりたいこと」「自分にできること」が明確になってくるのかもしれない。
と考えを巡らせながら、今日もこうして何かを書くを続けてみる。
この先に何が見えるのか、たのしみだなぁ。
コメント